バックナンバー総目次25号~36号(第3期合本に収められています)
第25/26合併号 一九八七年七月二〇日
企業モラルを哲学する変動する企業モラル 山本晴義(1)
投機独占企業の「倫理」について(上) 笠井 忠(6)
リポート トヨタの生産管理と労働疎外 三上 晋(14)
現代の精神的「不適応」と企業モラル 竹内伸宜(20)
天皇制についての雑想 鈴木 正(26)
古代日本における国家観 藤田友治(29)
書評 山本晴義『現代思想の焦点』 木村倫幸(31)
山田坂仁追悼唯研の友山田坂仁氏の訃を聞いて 本多修郎(34)
山田坂仁君を偲ぶ 舩山信一(35)
「或るささやかな集り」と山田坂仁君 野田弥三郎(38)
目糞鼻糞 大井 正(39)
山田坂仁さんと「社会主義」 篠崎 武(40)
弔辞 いいだもも(42)
山田坂仁略年譜 作成 本村四郎(44)
山田坂仁著作目録 作成 本村四郎(48)
大阪唯物論研究会哲学部会研究日誌(一九八六年九月~八七年六月)(55)
大阪哲学学校後期スケジュール (56) 新刊紹介 (33)
編集後記 田畑 稔(56)
第27号 一九八八年一月二〇日
梟vs.雄鶏 グラムシ国際シンポジウムに参加して 藤田友治(2)
社会主義国の哲学新動向インタビュー ルカーチ・アルヒーフとルカーチ研究の現状シクライ・ラースロー(3)
資料 ルカーチ・ジェルジ生誕記念百年のための指針 訳・解説 丸山珪一(9)
哲学のペレストロイカ ハリス・サビーロフ(17)
マルクス主義と家族研究ノート マルクスの家族論(上) 田畑 稔(21)
家族の異化―離婚から家族を見る 羽田直也(30)
新刊紹介 鎌田慧『ドキュメント家族』 難波 悟(36)
要旨紹介 アルマ・シュタインベルク「モルガン・エンゲルス理論とマルクス主義民族学の現在」 田畑 稔(38)
企業モラルについて 「民主的経営」模索の経験から 松本広治(39)
投機独占企業の「倫理」について(中) 笠井 忠(42)
大阪哲学学校一~三月期スケジュール (8)新刊案内 (16)
編集後記 田畑 稔(48)
第28/29合併号 一九八八年六月三〇日
「唯物論研究会事件」五〇周年
梟vs.雄鶏 下劣は死より早い 田畑 稔(2)
「唯研事件」と治安維持法―「唯物論研究会事件」五〇周年 本村四郎(3)
インタビュー 天皇制下の哲学者の転向 舩山信一/聞き手:藤田友治・田畑 稔(12)
シンポジウム「党派性論争」報告1 党派性論争の経過と現代的意義 藤田友治(23)
報告2 加藤正の理論的立場について 服部健二(30)
加藤正の軌跡を訪ねて 神出村と須磨寺 平等文博(36)
シベリア抑留生活体験を語る(3) 砂場 徹(39)
唯物史観と構造主義―レヴィ=ストロースの場合 大井 正(43)「ポスト・モダーンの哲学」ノート 山本晴義(48)
懐徳堂と蟠桃 哲学学校史跡めぐり 田畑伸枝(29)
大阪哲学学校夏期スケジュール (38)
大阪唯物論研究会哲学部会活動日誌(一九八七年七月~八八年四月) (42)新刊案内 (47)
編集後記 平等文博(56)
第30号 一九八八年一二月1目
梟vs.雄鶏 アマンドラ!―この〈響きと怒り〉 笹田利光(2)
「唯物論研究会事件」五〇周年集会リポート
「唯物論研究会事件」五〇周年集会 難波 悟(3)
唯物論研究の現在的課題(集会第二部発言要旨)思想の自由と自立が大前提 中野徹三(5)
思想改造の新たなネットワーク いいだもも(5)
「哲学のレーニン的段階」の克服 廣松 渉(6)真に人民的な統一戦線の追求 橋本 剛(6)
ポスト・モダーンよりモダーンに 鷲田小彌太(7) 知識人の政治的成熟と自立 石井伸男(7)
生活現場と結びつくチャンネル 平等文博(8) 丸抱え的発想を止めよ 細野雅彦(8)
歴史の前進面を見よ 村岡 到(8)「大衆社会化状況」への対応 山本晴義(9)
ロゴスとパトスの問題 稲田健四(9)「哲学以前」と「哲学揚棄」との中間 田畑 稔(10)
五〇周年集会に寄せられた証言 田舎派「唯研」の情況 赤松啓介(12)
「唯物論研究会事件」 の人びと「『唯研事件』と治安維持法」補遺 本村四郎(14)
戦前「唯物論研究会」探訪の記 笠井 忠(18) 短歌 平井源太郎(19)
加藤正評価のトータルな視点シンポジウム「党派性論争」討論部分まとめ田畑 稔(20)
"From California to the New York island…" 竹内伸宜(24)
山片蟠桃の思想体系(上) 笠井 忠(28)
現代日本の保守主義対談 現代天皇制をどう見るか 田畑 稔/平等文博(33)
研究ノート 自由民主党 平等文博(36)「現代の保守主義」と地方政治 松本弘也(44)
新刊案内 (11) 大阪哲学学校 (27) 編集後記 難波 悟(48)
第31/32合併号 一九八九年四月三〇日
梟vs.雄鶏 人民代議員選挙 始めの一歩、次の一歩 平等文博(2)
討論「新学習指導要領」と「道徳教育」「道徳」教育への批判視点 横田三郎(3)
「学習指導要領」改訂のねらい 桂 正孝(6)保守主義とモラル 田畑 稔(8)
発言者の主要論点要求を組織する力 酒井久一(14)「道徳」という言葉から疑え 藤田友治(14)
新自由主義の側面 山本晴義(14)
共同研究 現代日本の保守主義日常生活者の保守意識 細谷 真(15)
家族と保守主義 分析のためのノート 米倉克良(20)
モルガンとバッハオーフェン女と男を哲学する 布村一夫(25)
バッハオーフェンの母権について 女性史研究の基底 中山そみ(33)
ハンガリーの政治改革とルカーチ民主化論(上) 丸山珪一(38)
グラムシの「知的道徳的」ヘゲモニーについて 藤田友治(41)
ウィーン学団の唯物論―O・ノイラートを中心に 大井 正(45)
シベリア抑留生活体験を語る(4) 砂場 徹(50)
山片蟠桃の思想体系(下) 笠井 忠(55)
大阪哲学学校四―五月の予定 (49)
大阪唯物論研究会哲学部会活動日誌(一九八八年五月~八九年三月)(54)講読案内 (19)
新刊案内 (24) 編集後記 田畑 稔(60)
第33/34合併号 一九八九年一一月二五日
フランス革命と現代
梟vs.雄鶏 祭られる革命、読みなおされる革命フランス革命二〇〇周年をめぐって 笹田利光(2)フランス革命と民主主義 安藤隆穂(4)
マルクス再読マルクスの「意識」論 田畑 稔(12)
資本の素材的支配力―テクノロジー批判の立脚点 宇仁宏幸(30)
社会主義新動向社会主義理論学会の発足と活動 石井伸男(38)
《批判5》ペレストロイカ―「社会主義」は解体する 鷲田小彌太(40)
紹介 アファナーシェフ編『ペレストロイカの思想』 平等文博(42)
加藤正と戸坂潤・回想と探訪加藤正に関する記事を読んで 原 光雄(47)
兄、加藤正の思い出 堀 妙子(48) 戸坂潤のふるさとを訪ねて 小山 忠(50)
覚書 フォイエルバッハとフェティシズム―フォイエルバッハの会創立を記念して 石塚正英(44)われわれがわれに還りゆくとき―道浦母都子の歌集に寄せて 松本弘也(52)
大阪唯物論研究会哲学部会一九八九年度総会 (59)朝鮮社会科学代表団との交流会 (59)
大阪哲学学校『資本論』第一巻を読む(60) 新刊案内 (37)
講読案内 (58) 編集後記 田畑 稔(60)
第35/36合併号 一九九〇年九月一〇日
梟vs.雄鶏 ハイエクとペレストロイカ 山本晴義(2)
東ドイツ・マルクス主義哲学の危機と模索―『ドイツ哲学雑誌』一九九〇年一月号~四月号 田畑 稔(4)
マルクス再読社会主義再生の条件を問う―「自由な人間達の連合」のために 田畑 稔(13)
『資本論』と素材的支配の展開形態―テクノロジー批判の立脚点(2) 字仁宏幸(26)
討論 ポスト・モダンの行きつく先―鷲田小彌太『天皇論』を批判する 藤田友治(33)
シベリア抑留生活体験を語る(5) 砂場 徹(35)
書評 中野徹三『生活過程論の射程』 米倉克良(40)
「戸坂潤のふるさとを訪ねて」への補足 小山 忠(41)
ホッブズと民主主義―田中浩のホッブス評価をめぐって 保井 温(44)
大阪唯物論研究会哲学部会活動日誌(一九八九年四月~九〇年八月)(42)
新刊案内 (43) 編集後記 田畑 稔(52)
バックナンバー37号~48号(第4期合本に収められています)
第37号 一九九〇年一二月二〇日
梟vs.雄鶏 旅の後で、旅の中から 笹田利光(2)
ソ連東欧哲学新事情全人類的価値の再発見へ ソ連科学アカデミー哲学研究所(4)
自己批判的マルクス主義の道 イェルク・シュライター(10)
ルカーチにもとずく民主化? ルカーチに反する民主化?シクライ・ラースロー(16)
労働運動史研究所にフント氏らを訪ねて 中野徹三(23)ソ連東欧旅行見聞記 木村倫幸(26)
社会主義再生の条件 実践サイドから私の歩んだ道と東欧の大変革 松江 澄(30)
社会主義の再生と社会民主主義の可能性(上) 松本弘也(38)
加藤正の妻なつ子の弁護(上) 原 光雄(48)
小野義彦さんの死を悼んで 山本晴義(52)
大阪唯物論研究会哲学部会一九九〇年度総会 (15) 大阪哲学学校案内 (37)
『季朝唯物論研究』第3期合本 新刊案内(51) 編集後記 田畑 稔(52)
第38/39合併号 一九九一年七月一〇日
旧東ドイツと哲学世界へ出て自分自身へ至る道 東部ドイツ―哲学者の覚書 S・リヒター(2)
討論 社会主義再生の条件体制としての社会主義―その過去・現在・未来 上島 武(6)
運動としての社会主義―先進資本主義国における社会主義的オールタナティヴ いいだもも(12)
思想としての社会主義―社会主義とは何か、それはいかなる原理的深化に直面しているか 廣松 渉(19)
社会主義再生の条件部落解放運動とペレストロイカ 大賀正行(25)
社会主義の再生と社会民主主義の可能性(下) 松本弘也(31)
大井正先生追悼大井正学兄を偲ぶ 山崎正一(57)
グラムシについての質問 石堂清倫(58)ビールの泡 野田弥三郎(59)
思い出の断片 津田道夫(60)大井正さんを偲ぶ 山本晴義(62)
大井正さんの哲学的・政治的思い出 いいだもも(64)追憶 大井正先生 笠井 忠(67)
大井哲学の始元について 生方 卓(69)
“人間の中の神”を考える―大井正学匠に何を学んできたか 石塚正英(70)
先生のヘーゲル学派研究の一端に触れて 柴田隆行(72)大井正君を想う 舩山信一(73)
インタビュー(八七年一一月)大井正先生に聞く 戦前戦中編 (75)
大井正執筆年譜 作成 本村四郎(82)
紹介 A・ネグリ『転覆のポリティックス』 宇仁宏幸(42)
書評 服部健二『歴史における自然の論理』 藤田友治(48)
研究ノート 戦後民主主義論争(上) 石崎憲二(50)
大阪唯物論研究会哲学部会活動日誌(一九九〇年九月~九一年六月)(47)大阪哲学学校 (18) 季報『唯物論研究』第三期合本(24) 新刊案内 (5) 編集後記 田畑 稔(92)
第40/41合併号 一九九一年一二月二〇日
梟vs.雄鶏 「勝つ選挙の戦い方」 または保守民主主義の基底部 田畑 稔(2)
戦後の唯物論研究会インタビュー 大井先生に聞く 戦後編 (4)
竹内良知さんを偲んで 鈴木 正(14)
秋沢修二追悼 「プロ科」と「戦無」を生きた人秋沢修二を追悼す 平井源太郎(17)
秋沢修二さんのこと 森 宏一(17)悩みぬいた秋沢修二教授追悼を機会に 曽根正哉(18)
秋沢修二先生の死を悼む 山本晴義(22)追悼・秋沢修二さん 笠井 忠(21)
無神論者秋沢修二の死 本村四郎(22)超能力はトリックである 田畑 稔(25)
秋沢修二著作目録(上) 作成 本村四郎(26)
思想の境界線の再構築へ
「新保守主義」について―ハイエクを中心に 山本晴義(33)
大川隆法と「幸福の科学」 平等文博(49)
社会経済法則とは何か―それは何を我々に教えているか 堺 二郎(55)
戦後民主主義論争(下) 石崎恵二(59)
書評 石塚正英『フェティシズムの思想圏』 柴田隆行(63)
キルケゴール・コレクション 小山 忠(65)
追悼 安部利雄さんのこと、社会科学講座のこと 夏野雅博(68)
シベリア抑留生活体験を語る(最終回) 砂場 徹(69)
加藤正の妻なつ子の弁護(下) 原 光雄(72)
大阪唯物論研究会哲学部会九一年度総会 ・夏期合宿 (54)
新刊案内 (13) 編集後記 田畑 稔(76)
第42号 一九九二年六月一日
梟vs.雄鶏 自民党型保守支配の動揺 平等文博(2)
労働の場の哲学「雇用」という言説をめぐって―国鉄分割民営化反対闘争から 石田嘉幸(4)
労働過程の社会的調整の諸形態―テクノロジー批判の立脚点(3) 宇仁宏辛(12)
マルクス主義の検証私の自己検証 一九五七年まで 山本晴義(18)
「アソシエーション」の訳語をめぐって 田畑 稔(26)
モルガンとバッハオーフェン民族学者モルガンの近代批判―パリ・コミューンをめぐって 布村一夫(28)
よみがえる地母神たち―共著『母権論解読』によせて 光永洋子(31)
書評 服部正喜『近代人の自由と運命―社会思想を科学する』創元社 今東博文(33)
津田道夫『革命ロシアの崩壊』社会思想杜 堀部恵司(34)
いいだもも『探偵実話・黒岩涙香』リプロポート 木村倫幸(35)
戸坂イクさんの死 曽根正哉(25)
現象の哲学的法則性と方法についての緒論 名嘉山興武(37)
大阪唯物論研究会哲学部会活動日誌(一九九一年七月~九二年四月)(11) 新刊案内 (36)
大阪哲学学校九二年度活動予定 (44)編集後記 田畑 稔(44)
第43/44合併号 一九九二年一一月二〇日
梟vs.雄鶏 テーマ・ソングのある講義 笹田利光(2)
唯物論研究会結成六〇周年唯物論研究会の思い出―60周年記念集会講演 赤松啓介(5)
戦前の唯物論研究会結成60周年にさいして 森 宏一(8)
記念集会へのメッセージ 舩山信一(9)戸坂潤のこと―イク夫人の死に際して 曾根正哉(10)
60周年に当たっての私の感想 原 光雄(12)《資料》唯物論研究会結成の経緯 岡 邦雄(14)
60周年記念集会 (4)/秋沢修二を偲ぶ会 (13)
戦後「日本唯物論研究会」のころ―私の自己検証(2) 山本晴義(15)
唯物論研究会における転向の問題 稲岡義朗(20)マルクス主義の「崩壊」過程 高根英博(24)
マルクスからの再出発マルクス主義哲学における〈唯物論〉概念再考―「哲学の根本問題」〈エンゲルス〉批判 劉 綱紀(山口 勇訳)(27)
劉綱紀論文への訳者解説―現代中国の「実践的唯物論」論争 山口 勇(27)
「唯物論者」「唯物論」「唯物論的」のマルクスによる用例一覧 田畑 稔(45)
『マルクスを越えるマルクス』(抄訳第1回) A・ネグリ(宇仁宏幸訳)(54)
対抗する二つの価値増殖―訳者解説『マルクスを越えるマルクス』 宇仁宏幸(59)
書評 尾関周二『遊びと生活哲学―人間的豊かさと自己確証のために』 木村倫幸(62)
カウツキー/橋本剛訳『プロレタリアートのディクタトゥール』 堀部恵二(63)
大阪唯物論研究会一九九二年度総会 (4) 新刊案内 (53)
大阪哲学学校 ヘーゲル哲学入門講座『法の哲学』を読む (23)編集後記 平等文博(84)
第45号 一九九三年四月一五日
梟vs.雄鶏 ラス・カサス追考 平等文博(2)
歴史の裁きは公正か
シベリア抑留生活体験を語る(完) 砂場 徹(4)
「除名」考 小山 忠(9)皇太子結婚の背後にあるもの 藤田友治(12)
マルクスのコミュニズム
『経済学批判要綱』のコミュニズム A・ネグリ/宇仁宏幸訳(15)
マルクス主義哲学の検証一九六〇年代の理論的地平―私の自己検証(3) 山本晴義(25)
現代物理学の哲学的意味・覚え書 酒井久一(32)
書評 古在由重著・鈴木正編『哲学者の語り口』 稲岡義朗(48)
唯物論研究協会編『社会主義を哲学する』 木村倫幸(49)
ウォルフレン『日本/権力構造の謎』 石崎恵二(50)
グラムシはどの程度マルクスを知っていたか 石堂清倫(40)
西田哲学という軸 高根英博(43)
森宏一さん追悼 田畑 稔(42)
大阪唯物論研究会哲学部会活動日誌 (47) 新刊案内 (31) 編集後記 田畑 稔(52)
第46/47合併号 一九九三年一一月一〇日
梟vs.雄鶏 夢は終ったのだろうか?―天変地異と世紀末現象 笹田利光(2)
マルクス主義史の検証インタビュー マルクス主義・現代的再生の条件石堂清倫 聞き手 山本晴義/田畑 稔(4)
新しい地平への転換 私の自己検証(4) 山本晴義(16)
マルクスのコミュニズムマルクスの過度期社会像(1) 大藪龍介(23)
アソシエーションと「自由な個人性」 田畑 稔(29)
資料・舩山信一獄中書簡舩山信一から井上みちよへ 舩山信一(40)
解説 舩山信一・獄中書簡について 藤田友治(51)
研究資料 中国の西欧マルクス主義研究『国外マルクス主義哲学流派』第一部序論 兪吾金/陳学明(54)訳者解説 現代中国における「西洋マルクス主義」論争について 山口 勇(58)
A・ネグリ研究スピノザ『政治論』再考―『野生の異例性』第八章「現実の構成」(上) A・ネグリ/中原隆幸訳(63)ネグリの「構成」概念について 宇仁博幸(74)
労働者協同組合の運動と理論 「自主」という力動 石田嘉幸(85)
西田左派〈エスキース〉 高根英博(93)
砂漠と沙漢―日本語のサバク化現象 松本弘也(98)
メモ R・ペローのアソシエーション定義 田畑 稔(78)
書評 島崎 隆『増補新版・対話の哲学』 木村倫幸(79)
三谷芙沙夫『戒名で読む歴史』 本村四郎(81)
祖田 修『市民農園のすすめ』 関口敦男(82)
松野由子『私が読む源氏物語』 澤田ちよ子(83)
一九九三年度総会 (22) / 大阪哲学学校「ヘーゲル『法の哲学』を読む」 (39)
お詫びと訂正 (62) 新刊案内 (92)活動日誌 (97) 編集後記 田畑 稔 (100)
第48号 一九九四年四月三〇日
現代と宗教
梟vs.雄鶏 宗教批判と自己批判 平等文博(2)
宗教をどう定義するか―箕面忠魂碑違憲訴訟での論争をふまえて 熊野勝之(4)
社会主義再点検中国リポート 中国の資本主義化の可能性をめぐって 山口 勇(18)
「一国一工場」の「通説」が隠しているもの 村岡 到(25)
A・ネグリ研究スピノザ『政治論』再考―『野生の異例性』第八章「現実の構成」(下) A・ネグリ/中原隆幸訳(45)訳者解説 権力に抗する力能 中原隆幸(52)
追悼 モルガン学者・布村一夫を偲ぶ 石塚正英(16)
同時刻の相対性と物理的必然性について 村山 章(55)
〈物質〉の反逆―梯哲学の時代 高根英博(65)
書評 大阪哲学学校編『日本の〈保守〉を哲学する』 石井伸男(33)
大薮・松富・加藤・村岡編『社会主義像の展相』 宇仁宏幸(35)
農文協編『安藤昌益―日本・中国共同研究』 橋本 剛(37)
柴山健太郎『欧州統合と新生ドイツの政界再編』 松本弘也(40)
谷口考男『論争のデモクラット―いきることの意味論』 木村倫幸(42)
いいだもも『政治革命と九条改憲』 石崎恵二(43)
大阪哲学学校94年度スケジュール(54) 新刊案内 (15) 編集後記 田畑 稔(68)